ADCC世界選手権2026(ADCC Worlds 2026)が9月12–13日、ポーランド・クラクフで開催された。
2024年大会ではCraig Jones Invitational(CJI)が同時期に開催され、トップ選手の分散や選手報酬をめぐる議論が起きた。その後、UFC BJJも本格的に始動し、プロ・グラップリングを取り巻く環境はこの2年間で大きく変化している。
その中で開催されたADCC 2026は、競技結果だけでなく、プロ・グラップリングの興行構造や選手のキャリア形成を考える材料にもなった。
ADCCは現在もどのような競技的価値を持っているのか。CJIが提起した選手報酬の問題はどこまで改善されたのか。そして、UFC BJJの登場によって選手にどのような新しい選択肢が生まれているのか。
本稿では、ADCC 2026を競技、興行、選手報酬、メディア、プロ・グラップリングの構造という複数の視点から振り返る。
競技傾向:レスリングとトップポジションの重要性
2026年大会の階級別103試合では、50試合が一本決着となった。一本率は48.5%。最も多かったフィニッシュはバックからの絞めで19回、続いてストレートアンクルロックと三角絞めがそれぞれ6回だった(BJJ Heroes)。
約半数が一本決着という数字を見る限り、ADCCが「レスリング中心の大会」になったと単純に捉えることはできない。一方、BJJ Heroesは大会全体を分析し、これまでのADCCと同様に、スタンドからの攻防、トップポジション、バックアタックが勝敗に大きく関わったと指摘している。
その例の一つが77kg級を制したマゴメド・ジャバリエフ(Magomed Dzharbaev)だ。ジャバリエフはレスリングを基盤に試合展開を作り、足関節技を得意とするマテウス・シュジンスキー(Mateusz Szczecinski)に対しても自分のゲームを維持して勝ち上がった。
ここで重要なのは、「レスリングが柔術より強い」という単純な比較ではない。
ADCCでは、レスリングによって試合をどのポジションで進めるかを選択できること自体が大きな利点になる。スタンドで優位に立てれば、相手にガードを選択させることができる。トップを取ればポイントルールを活用でき、相手が立ち上がろうとした場面ではバックアタックにもつなげられる。
近年のADCCでは、レスリング単体の強さよりも、レスリングからパス、バック、サブミッションへと接続する総合的な能力の重要性が高まっていると考えられる。
サブミッション率と技術の多様性
レスリングやトップゲームの重要性が高い一方で、サブミッション技術の比重が下がったわけではない。
99kg級ではルーク・グリフィス(Luke Griffith)がカイナン・デュアルテ(Kaynan Duarte)をリアネイキッドチョークで下して優勝。+99kg級ではビクター・ヒューゴ(Victor Hugo)がジョシュ・ソーンダース(Josh Saunders)をショルダーロックで下した。
また、ダニエル・シュアルツ(Daniel Schuardt)は自身が「ムッソリーニ・ロック」と呼ぶ特殊な下半身へのサブミッションを使用して注目を集めた。
2026年大会の結果を見る限り、レスリング、ガード、レッグロック、バックアタックといった異なる局面を接続できる能力が、現代ノーギにおいてより重要になっていると見ることができる。
地域別の広がりと欧州勢の成績
FloGrapplingによると、2026年大会には23カ国から選手が参加し、表彰台には史上最多となる9カ国の選手が上がった。(FloGrappling)
欧州勢は合計7個のメダルを獲得し、そのうち2個が金メダル。南米勢と並ぶメダル数となった。
88kg級では地元ポーランドのパウェル・ヤヴォルスキ(Pawel Jaworski)がマーロン・タジク(Marlon Tajik)を破り、ポーランド人として初めてADCCの階級優勝を達成した。
これまでトップレベルのグラップリングはブラジルとアメリカを中心に語られることが多かったが、今回の結果では欧州を含む複数地域からメダリストが出ている。
クラクフ開催と合わせて、競技人口だけでなく、トップレベルの選手層についても地域的な広がりが確認できる大会となった。
Craig JonesによるADCC 2026の評価
大会後、クレイグ・ジョーンズ(Craig Jones)は自身のYouTubeチャンネルでADCC 2026を振り返った。
ジョーンズは2024年、ADCCの選手報酬や運営を批判し、対抗イベントとしてCJIを立ち上げた。一方、2026年大会後の動画ではADCCについて一定の再評価を示している。
ADCCを「完璧ではない」としながらも、今回の大会について「特別だった」「重要に感じられた」と評価し、UFC BJJと比較して、より多くの印象的な場面が生まれたと述べた。
特に繰り返し言及したのが、競技大会が選手の認知度を高められるかという点だった。
ジョーンズはプロ・グラップリングにおいて「currency is clout」と表現し、競技成績だけでなく、注目度や知名度が選手の収益機会に影響するとの考えを示している。
ADCCでは、優勝に至らなくても、強豪選手への勝利や印象的な試合を通して認知度を高める可能性がある。ジョーンズ自身も、自身のADCCでの経験を例に挙げながら、「負けても名前を作ることはできる」と述べた。
この発言は、賞金とは別に、ADCCへの出場やそこでのパフォーマンスが選手のキャリアに与える価値を示している。
ADCCとUFC BJJの興行モデルの違い
ジョーンズはUFC BJJについても、選手に継続的な試合機会や安定した収入を与えている点は評価している。
UFC BJJの試合は通常3ラウンド制、1ラウンド5分。判定では10ポイント・マスト方式を採用し、サブミッションにつながる攻撃を高く評価する。(UFC)
この形式はMMA視聴者にも馴染みがあり、試合時間も一定している。
ジョーンズ自身も、UFC BJJのラウンド制や競技エリアの設計については肯定的に評価しており、こうした要素をADCCが取り入れればより良いイベントになるという趣旨の発言をしている。
ただし、ADCCとUFC BJJはそもそも興行としての構造が異なる。
UFC BJJは定期的な大会開催とタイトルマッチを中心とするモデルである。
一方、ADCCは2年に一度開催されるトーナメントであり、予選制度や大会の希少性がタイトルの価値を形成している。
両者は直接の代替関係というより、異なる形式でプロ・グラップリングを成立させようとしていると見る方が適切だろう。
UFC BJJにおける選手認知の課題
ジョーンズがUFC BJJについて特に問題視したのは、競技者の認知度向上である。
UFC BJJ参加後にフォロワー数や知名度を大きく伸ばした選手は、マイキー・ムスメシ(Mikey Musumeci)を除いて多くないという趣旨の発言をしている。
これはジョーンズ個人の評価であり、SNSデータに基づく分析ではない。
ただし、プロ・グラップリングにおいて、競技レベルの高さと選手の認知度が必ずしも一致しないという問題は存在する。
ADCCではトーナメント形式のため、一大会で複数の強豪を破ることで短期間に注目を集める可能性がある。対して、定期的なワンマッチ中心の形式では、選手の認知を継続的に構築する必要がある。
この違いは、今後UFC BJJが選手をどのようにプロモーションしていくかという点でも重要になる。
CJIが提起した選手報酬の問題
2024年のCJIがプロ・グラップリングに与えた大きな影響の一つが、選手報酬を業界の主要な論点にしたことである。
CJIは高額賞金を打ち出し、ADCCの従来の報酬体系に対して問題を提起した。
2026年2月、ADCCは世界選手権の賞金増額を公式に発表した。ADCCはその目的について、トップレベルで競技する選手の努力とプロフェッショナリズムに報いるためと説明している。
クレイグ・ジョーンズもこの増額について、自身の功績だとは主張しないとしながら、選手が以前より多くの報酬を受け取るようになったこと自体は歓迎している。
CJIの長期的な成果については評価が分かれるものの、選手報酬をプロ・グラップリングの中心的な議題にした点は重要だったと言える。
女性選手の報酬をめぐる問題
一方で、ADCCの報酬問題が解決したわけではない。
2024年大会で階級別と無差別級のダブルゴールドを達成したアデル・フォルナリーノ(Adele Fornarino)は、2026年大会への出場を辞退した。
フォルナリーノは、男子の賞金が引き上げられる一方で女子との報酬格差が残っていることや、女子無差別級と女子スーパーファイトがなくなったことなどを理由として挙げている。
男子の報酬増額そのものには賛成したうえで、女子選手にも同様の報酬を提供するべきだと主張した。また、キャンプ、渡航、準備に必要な費用を考慮すると、出場のみでは経済的に成立しにくいという問題も指摘している。(Jiu Jitsu Style)
これはジョーンズが語る選手としての露出の拡大などとは別の現実的な観点から、大会出場の価値を考える材料になる。
競技上の名誉や露出が、選手の負担する費用や時間をどこまで補えるのかという問題は、プロ・グラップリング全体に共通する課題である。
女性選手にとってのUFC BJJという選択肢
フォルナリーノはADCC辞退に際し、UFC BJJが女子選手をより大きく扱っていることについても肯定的な評価を示している。
ここにもADCCとUFC BJJの違いが表れている。
UFC BJJは定期イベント、ラウンド制、タイトル制度、男女を含めたカード編成を採用し、継続的なプロ興行としての枠組みを整えようとしている。
一方、ADCCは長い歴史と競技的権威を持つものの、カテゴリー構成や大会形式には従来からの仕組みが多く残っている。
どちらが優れているかというより、選手が競技実績、報酬、露出、継続的な試合機会のどれを重視するかによって選択肢が分かれる状況になりつつある。
CJIの位置づけの変化
2024年にはADCCの対抗イベントとして注目されたCJIだが、2026年の状況は異なる。
Craig Jonesは5月にCJI 3の中止を示唆し、その後2027年に規模を変更して復活させる考えを示したと報じられている。(BJJ Eastern Europe)
現在は、
ADCCはトーナメントとしての歴史と競技的権威、
UFC BJJは定期興行と継続的な契約、
CJIは報酬や興行形式に対する改革的な役割
というように、それぞれ異なる特徴を持ち始めている。
プロ・グラップリングは、ADCCとCJIの二項対立ではなく、複数の興行モデルが並行する段階に入ったと見ることができる。
ADCCに残る運営・観戦上の課題
ADCCの従来からの問題点が解消したわけではない。
クレイグ・ジョーンズも、試合時間の長さ、頻繁なリセット、ストーリングを利用した戦術、2日間にわたる大会構成などを問題として挙げている。
ADCCのトーナメント形式は、選手にとって負担が大きい。その負担の大きさ自体がタイトルの価値を形成している側面もある。
一方、観客の視点では、それが必ずしも観戦しやすさにはつながらない。
長い試合時間、独自のポイントルール、リセットの多さなどは、グラップリングを普段見ない視聴者には理解しにくい部分もある。
この点では、UFC BJJの5分3ラウンド制やCJIのラウンド形式の方が、一般視聴者にとって把握しやすい。
ADCCの競技的な価値と、観戦コンテンツとしての分かりやすさは、別の問題として考える必要がある。
2028年大会に向けた動き
クレイグ・ジョーンズは動画内で、モー・ジャシム(Mo Jassim)が2028年大会をブラジルで運営するのであれば、自身も出場したいと発言した。
また、2人が2028年大会に向けた協力について話しているとも報じられているが、現時点で正式な発表はない。
2024年には対立する立場にあった両者の関係が今後どのように変化するのかは、2028年大会の運営やCJIの今後を考えるうえでも注目される。
まとめ:プロ・グラップリングの興行モデルは分化している
ADCC 2026では、選手報酬、女子選手の待遇、試合時間、ストーリング、大会構成など、従来からの課題が引き続き確認された。
一方、CJIやUFC BJJが登場したことで、各大会の特徴も以前より明確になっている。
CJIは選手報酬や興行形式に関する議論を促した。
UFC BJJは、定期開催と継続的な試合機会を提供するプロ興行モデルを構築しようとしている。
ADCCは、歴史、予選制度、トーナメント形式、競技的な評価という点で、現在も独自の位置を占めている。
今後の論点は、どの団体が単純に「最強」を決めるのかだけではない。
選手への報酬、競技としての評価、選手の認知度、観戦しやすさを、各団体がどのように両立させていくか。
ADCC 2026は、プロ・グラップリングに複数の興行モデルが成立し始めていることを確認できる大会だったと言える。
参考
[1] 2026 ADCC World Championship Results — BJJ Heroes
https://www.bjjheroes.com/bjj-news/2026-adcc-world-championship-results
[2] ADCC Worlds 2026 Poland Results By Country — FloGrappling
https://www.flograppling.com/articles/16181815-adcc-worlds-2026-poland-results-country-bracket
[3] I was WRONG about ADCC — The B-Team / Craig Jones
https://www.youtube.com/watch?v=q6s3354EfdI
[4] ADCC Announces Increased Prize Money for ADCC Winners — ADCC Official
https://adcombat.com/adcc-announces-increased-prize-money-for-adcc-winners/
[5] Adele Fornarino on Pulling Out of ADCC: “I Think That the Women Deserve to Be Paid What the Men Deserve to Be Paid” — Kuzushi Labs
https://kuzushilabs.com/adele-fornarino-on-pulling-out-of-adcc-i-think-that-the-women-deserve-to-be-paid-what-the-men-deserve-to-be-paid/
[6] Trending: Adele Fornarino ADCC Withdrawal — Jiu-Jitsu Style
https://jiujitsustyle.com/articles/trending-adele-fornarino-adcc-withdrawal-2026-08-07
[7] UFC BJJ Rules and Scoring — UFC
https://www.ufc.com/news/ufc-bjj-rules-and-scoring
[8] Craig Jones Confirms CJI 3 Is Cancelled as UFC BJJ Reshapes the Professional Grappling Market — BJJ Eastern Europe
https://www.bjjee.com/articles/craig-jones-confirms-cji-3-is-cancelled-as-ufc-bjj-reshapes-the-professional-grappling-market/
[9] Craig Jones and Mo Jassim Discuss ADCC 2028 Brazil Collaboration — Matside Jiu-Jitsu
https://www.matsidejj.com/media/craig-jones-mo-jassim-adcc-2028-brazil-collaboration-2026
[10] ADCC World Championship 2026 Event Information — TAURON Arena Kraków
https://www.tauronarenakrakow.pl/event/adcc-world-championship-2026/




