ブラジリアン柔術(BJJ)は現在、競技スポーツだけでなく、MMA、フィットネス、セルフディフェンスなど様々な側面を持ちながら世界中に広がっている。

その普及理由としてよく語られるのが、「小さい人でも大きな相手を制することができる技術体系」や寝技における優位性だ。

しかし、ADCC世界王者であり、近年は柔術史の研究にも取り組むロバート・ドライスデール(Robert Drysdale)は、技術だけではBJJの世界的な成功を説明できないと主張している。[1]

「技術が優れていたから」だけでは説明できない

The MMA Labのインタビューで、ドライスデールはBJJで使われる技術の多くがキャッチレスリングにも存在し、サンボ、高専柔道、柔道にも同様の寝技体系があると指摘した。[1]

その上で、「人々は柔術が技術のおかげで人気になったと考えているが、それはナンセンスだ」と述べている。[1]

もちろん、技術そのものを否定しているわけではない。ドライスデールの主張は、BJJの技術が有効であることと、BJJが他の組み技競技以上に世界へ普及した理由を別々に考える必要があるというものだ。

ドライスデールが重視する「コパカバナ・カルチャー」

ドライスデールがBJJの普及要因として重視するのは、ブラジルで形成された道場文化である。特にCarlson Gracieが、リオデジャネイロのビーチ文化に近い、よりリラックスした雰囲気を柔術のマットに持ち込んだと説明している。[1]

厳格で武道的な環境だけではなく、仲間と冗談を言い、練習後も交流し、楽しみながら厳しいトレーニングを続ける。ドライスデールはこうした文化を「コパカバナ・カルチャー(Copacabana culture)」と表現し、BJJとともに世界へ輸出された要素の一つとして捉えている。[1]

つまり、BJJが広めたのは技術体系だけではなく、その技術を学ぶ環境やコミュニティのあり方でもあったという見方だ。

研究でも確認されるBJJの社会的側面

この主張を直接証明する研究があるわけではないが、BJJを扱った社会学・心理学研究には共通する点がある。

Mickelssonによる2021年のシステマティックレビューでは、BJJの社会的・心理的側面を扱った12本の研究を分析。BJJの実践が社会的な結びつき、仲間との関係などと関連していることが報告されている。[2]

特に、BJJジムではコーチや練習仲間との関係が重要であり、厳しい身体的な練習を共に経験することが社会的なつながりにつながる可能性が指摘されている。[2]

スパーリングでは相手と競いながらも、同時に相手がいなければ練習そのものが成立しない。この「競争と協力が同時に存在する構造」は、BJJのコミュニティ形成を考える上で重要な特徴と言える。

「厳しい練習」と「遊び心」の共存

Holly McClung Reusingの博士論文でも、BJJの文化的側面が扱われている。

5人のBJJ黒帯指導者へのインタビューをもとにした研究では、BJJの実践が、遊び心、社会的価値、チームワーク、安全な学習環境などと結びついていると報告された。[3]

身体的には厳しい格闘技でありながら、ジムの中ではフレンドリーで協力的な関係が生まれる。

この特徴は、ドライスデールが語るコパカバナ・カルチャーとも重なる。

MMAは世界に広がる入口になった

BJJの世界的な普及を考える上では、MMAの存在も欠かせない。

Mickelssonのレビューでも、1990年代のUFCでグレイシー一族が活躍したことが、BJJへの世界的な関心を高めた重要な契機として挙げられている。[2]

大柄な相手を寝技で制する姿は、BJJの技術的な有効性を分かりやすく示した。また、MMAで勝つためにBJJを学ぶ必要性が認識されたことで、世界各地で練習人口が増えていった。[2]

ただし、MMAがBJJを知る「入口」だったとしても、人々が長期間BJJを続ける理由を技術的有効性だけで説明できるとは限らない。

コミュニティ、仲間との関係、遊びとしての要素なども、その継続を支えている可能性がある。

技術以外の要因も含めて考える

身体科学の研究では、BJJは高強度と低強度の運動を繰り返す間欠的競技であり、筋力、筋持久力、パワー、柔軟性など幅広い身体能力を必要とする点が示されている。[4]

つまり、BJJが高度な技術と身体能力を必要とする競技であることに疑いはない。

しかし、それは「なぜBJJが世界的に普及したのか」という問いとは別である。

柔道、サンボ、キャッチレスリングにも高度な組み技体系は存在する。それでもBJJが大規模な国際コミュニティを形成した理由を考えるなら、技術だけでなく、MMAによる露出、ライブスパーリング、道場文化、仲間意識、遊び心といった要素も考える必要がある。

ドライスデールの「コパカバナ・カルチャー」という説明は、その文化的側面に注目した仮説として捉えることができる。BJJが世界へ輸出したのは、関節技や絞め技だけではなかった。

技術をどのように学び、誰と練習し、マットの上でどのような時間を過ごすのか。

そうした文化まで含めて広がったことが、現在のBJJを形作っているのかもしれない。

参考文献・情報源

[1] Robert Drysdale Interview — The MMA Lab

[2] Blomqvist Mickelsson, T. (2021). Brazilian jiu-jitsu as social and psychological therapy: a systematic review. Journal of Physical Education and Sport, 21(3), 1544–1552.

[3] Reusing, H. M. (2014). The Language of Martial Arts: The Transformative Potential of Brazilian Jiu-Jitsu through the Lens of Depth Psychology. Doctoral dissertation, Pacifica Graduate Institute.

[4] Andreato, L. V., Díaz Lara, F. J., Andrade, A., & Branco, B. H. M. (2017). Physical and Physiological Profiles of Brazilian Jiu-Jitsu Athletes: a Systematic Review. Sports Medicine - Open, 3, 9.