相手が動いた瞬間、すでに次の対応が始まっている。柔術で経験するこの速さには、anticipation――「先読み」が関わっている。
ジョン・ダナハーはInstagramへの投稿で、素早く反応する能力に加え、相手の動きをあらかじめ読むことの重要性を説いている。では、先読みは何を手がかりに行われ、どのような練習によって育つのだろうか。[1]
相手の選択肢が絞られると、次の一手が見えてくる
ダナハーは、柔術には繰り返し発生するシチュエーション(問題)と、それに対する限られた数の有効な対応(解答)が存在すると解く。つまり、ある状況を切り抜ける方法は数多くあるように見えても、実際に機能するものは限られるし、高い確率で成功する対応に絞れば、その数はさらに少なくなる。つまり、自分のアクションに対する相手の対応も学習可能なものが多く、だからこそ、次に起こることを読む能力は、練習によって身につけられると説明している。[1]
柔術における様々なものの考え方「メンタルモデル」を紹介するポッドキャスト「BJJ Mental Models」のEpisode 31「Predictable Responses(予測可能な反応)」で、この番組のホストであるスティーブ・クワン(Steve Kwan)とマット・クワン(Matt Kwan)は、この選択肢の絞り込みを自分から進める考え方を説明している。相手が自由に動ける状態では、考慮すべき可能性が多い。しかし、狙ったグリップを取り、相手を動かせば、選べる動きや起こりやすい反応を限定できる。準備すべき対応も、それに応じて少なくなる。[2]
https://podcast.bjjmentalmodels.com/243161/episodes/1461058-ep-31-predictable-responses
ゴードン・ライアンがInstagramで解説したマウントの攻防は、この考え方を具体的に示している。
ゴードンによれば、彼はガードパスの途中で、マウントを取った後のエスケープを考えていた。相手には、上体を起こす、背中を向ける、キッピングを使う、ニーエルボーエスケープを試みる、といった選択肢がある。そのうち上体を起こす動きは、自分の頭の位置によって抑えていたという。[3]
そして相手がハーフガードへ戻そうと手で膝を押した瞬間、その腕をアンダーフックし、頭上へ持ち上げる準備ができていたと説明している。マウントを取ってから逃げ方を考え始めるのではなく、移行する段階で次の攻防に備えていた。[3]
ここでは、予測と位置取りが結びついている。相手に可能な動きを把握し、その一部を難しくすることで、残る動きに対応しやすくしていると読める。ダナハーが述べるように、次の一手か二手を信頼できる精度で捉えるだけでも、その意味は大きい。[1], [3]
自分の働きかけが、次の機会をつくる
先読みには、相手の選択を見越すだけでなく、自分の行動によって起こりやすくなった反応を利用する側面もある。
先述のBJJ Mental Models Episode 31では、最初の攻撃がそのまま成功しなくても、相手のグリップを緩めたり、バランスを崩したりすることで、次の攻撃の条件が整うと説明されている。防がれた時点で攻防を終えると、その防御によって生まれた機会を逃してしまう。[2]
同番組のEpisode 377「Presence & Anticipation」でマーゴット・シカレリ(Margot Ciccarelli)が挙げた例も、この仕組みを捉えている。相手の腕を引き、相手が引き戻せば、肘と胴体の間に空間ができる。その次に開く空間を見越して、腕に働きかけるという。[4]
https://podcast.bjjmentalmodels.com/243161/episodes/18691215-ep-377-presence-anticipation-feat-margot-ciccarelli
このとき見るべきものは、現在の相手の姿勢に加え、自分の動きによってその姿勢がどう変化するかだ。マーゴットは、空間があとどれくらい開いているのか、そこへ入って相手との接点をつくれるかを考えると説明している。[4]
技の連携も、この視点から捉え直せる。技を順番どおりに並べることに加えて、最初の仕掛けが相手に何をさせるのか、その結果、どこが使えるようになったのかを見る。マーゴットの空間の説明とマットとスティーブの説明、その関係を異なる言葉で示している。[2], [4]
予測しながら、実際の相手を捉え続ける
もっとも、起こりやすい反応を知っていることと、相手が必ずそのとおりに動くことは別だ。
マットはEpisode 31において、攻撃によって反応を生み出すと同時に、予想していた反応が実際に起きた際にそれを即座に認識する必要があると指摘している。働きかける積極性と、相手の変化を受け取る注意の両方が求められる。[2]
マーゴットのいう「現在に集中すること」も、先読みと結びついている。相手の身体の位置や空間を捉えられれば、次の展開を読む材料が得られる。一方、相手が何もしていないのに「罠を仕掛けているのでは」と考え続ければ、目の前の機会を逃しかねない。彼女は、自分と練習した相手が、実際には存在しない罠を警戒していた経験を紹介するとともに、悩んでしまって決断、行動を先延ばしにしてしまうよりも自分から行動を率先して実行していかないといけないという人生訓に繋げて説明している。[4]
予測は、観察を続けることで修正できる。自分が期待した反応と、相手が実際に見せた反応を照らし合わせることが、先読みを使える技能にしていける。
やり取りを経験できる練習をつくる
ダナハーは、スパーリングを通じて繰り返される成功と失敗のパターンを観察し、そのパターンが成り立つかを確かめるよう勧めている。[1] 第31回でも、技の仕組みを理解した後に、よくある防御や対応を学び、練習経験を重ねながら理解を更新していく過程が語られている。[2]
この経験をどのように練習の中へ組み込むか。その参考になるのが、グレッグ・ソーダース(Greg Souders)の提唱するエコロジカル・トレーニング、つまり課題を中心とした練習設計だ。
https://grapplersnews.jp/ja/article/what-exactly-is-ecological-training
ソーダースはポッドキャスト「The Sonny Brown Breakdown」で、胸を合わせたハーフガードから始める練習を紹介している。上の選手の課題は、上を保ち、相手の胸を押さえながら、捕まっている脚を抜くこと。膝をマウント側かサイドコントロール側へ抜ければ、そのゲームの達成条件を満たす。[5]
ソーダースが重視するのは、課題に取り組む選手が、相手の身体から得られる情報を使い、その場で動きを調整することだ。[5] これを先読みの練習という観点から見ると、自分の働きかけと相手の反応、その後に生まれる機会を、切り離さずに経験できる意味がある。
マーゴット自身も、グレッグの指導を受けた後、自分のセミナーにエコロジカルなゲームを取り入れたと語っている。彼女が説明するのは、技の手順を思い出すことから、「相手の手をマットにつかせる」といった、相手に起こしたい変化へ注意を向ける工夫だ。こうした課題が、現在の攻防に集中する助けになるという。[4]
また、自身の練習では、相手との動きのやり取りを保ちながら速度を落とすこともあると説明している。通常の速さでは状況を捉える余裕がない場合に、考えられる時間を広げ、やがて速い攻防でも先読みできるようにするためだ。[4]
https://www.sonnybrown.net/greg-souders-ecological-approach-jiu-jitsu/
これらは、学習の仕組みを同じ理論で説明したものではない。ただ、練習への示唆としては、自分の行動、相手の反応、次に使える機会を一続きに経験することに注目できる。
一つの技が成功したかどうかに加えて、その仕掛けによって相手が何をしたのか、どこが開いたのかを見る。日々の攻防にあるその小さな変化が、次の一手を読む手がかりになる。
まとめ
予測/先読みは、その局面で可能な動きを理解し、相手の反応に働きかけ、実際に起きた変化を捉えることで育つ。ダナハーが説くパターンの観察、ゴードンのエスケープへの備え、BJJ Mental Modelsの議論は、それぞれ先読みを構成する要素を示している。[1]–[4]
練習では、自分の動きが相手に何をさせたのか、どんな機会が生まれたのか、予想と実際の反応が一致したかに注目したい。課題を絞った練習や、状況を捉えられる速度でのやり取りは、その関係を探るのに助けになる。[4], [5] 一つひとつの攻防を通じて理解を更新することが、次の一手への備えにつながる。
参考文献
[1] J. Danaher, “It’s good to be able to react quickly to an opponents moves,” Instagram, Aug. 26, 2026. [Online]. Available: 原投稿.
[2] S. Kwan and M. Kwan, “Ep. 31: Predictable Responses,” BJJ Mental Models, podcast, Aug. 5, 2019. [Online]. Available: 公式エピソードページ.
[3] G. Ryan, “Anticipation—knowing what moves are possible before they happen,” Instagram, May 22, 2024. [Online]. Available: 原投稿.
[4] S. Kwan and M. Ciccarelli, “Ep. 377: Presence & Anticipation, feat. Margot Ciccarelli,” BJJ Mental Models, podcast, Feb. 16, 2026. [Online]. Available: 公式エピソードページ.
[5] S. Brown, “Greg Souders On Teaching Jiu-Jitsu Without Teaching Techniques,” The Sonny Brown Breakdown, interview with G. Souders, Dec. 9, 2022. [Online]. Available: 公式インタビューページ.




